「岡山は災害が少ない」は本当なのか!?

阪神・淡路大震災や東北大震災で大変な被害を受け、命からがら非難された方も多かったことでしょう。
そんな方々がいっそのこと移住しようかと考えられて、その候補に挙がることが多いのが岡山県だと聞きます。
移住を検討する理由は「岡山県は災害が少ないから」ということです。
本当に岡山県は災害が少ないのでしょうか。
その検討を試みたいと思います。

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岡山県における地震被害の記録


岡山県の公表記録によりますと、過去に発生した県内の地震ではマグニチュード5クラスが最大です。地震災害としては県外で発生したマグニチュード7から8クラスの地震(安政地震,北丹後地震,鳥取地震,南海道地震など)の影響で被害を受けたことがあります。

津波に関しては岡山県は瀬戸内海に面しているため外海からの侵入は小さくさほど影響を受けたことはありません。
しかしながら古い記録によりますと安政地震の津波は「丈余の海嘯があった」と記されていることから楽観は許されないと注意喚起されています。

震度4以上の地震の記録
明.38.6.2(1905)岡山4 安芸灘(芸予地震)M6.7
  被害なし
明.42.8.14(1909)岡山4 滋賀県北東部(姉川地震)M6.8
  建物その他に若干の被害あり。ただし人的被害なし。             
明.42.11.10(1909) 岡山5 宮崎県北部 M7.6
  県南部,特に都窪郡撫川町で被害大 
死者2人,建物全・半壊 6戸 ひさし・壁破損 29戸等
昭.2.3.7(1927) 岡山4 京都府北部(北丹後地震) M7.3
  県南部で家屋の小破損・屋根瓦の墜落20数件、煉瓦煙突の上部破損(上道郡平井村)     
昭.9.1.9(1934) 岡山4 徳島県西部 M5.6
  県南部を中心に強く揺れ吉備郡庭瀬町では壁に亀裂を生じ土壁が倒壊した程度で県下全般に大きな被害なし    
昭.13.1.2(1938) 岡山3(新見4) 岡山県北西部 M5.5
  伯備線神代駅近傍で岩石40~50個落下,貨車・家屋破損,下熊谷の小貯水池堤防決壊
昭.18.9.1(1943) 岡山5 鳥取県東部(鳥取地震) M7.2
  北東部県境付近で小規模な山崩れ,がれ崩れ,地 割れ,落石等あり
  (被害については,どちらの地震によるか判別できない)                  
昭.18.9.10(1943) 岡山4 鳥取県沖 (鳥取地震余震) M6.0
     
昭.21.12.21(1946) 岡山4〔西大寺6〕紀伊半島沖(南海地震)M8.0
   県南部,特に児島湾北岸,高梁川下流域の新生地の被害が甚大であった。
  死者 52人,負傷者 157人 建物全壊 1,200戸,建物半壊 2,346戸
  その他堤防・道路の損壊多し
昭.27.7.18(1952) 岡山4 奈良県中部(吉野地震)M6.8
  被害なし
昭.43.8.6(1968) 岡山4 愛媛県西岸 M6.6
  被害なし
平.7.1.17(1995) 岡山4津山4 淡路島(兵庫県南部地震)M7.2
  負傷者1人
平.12.10.6(2000) 新見・哲多。大佐・美甘・落合 5強、19市町村5弱、39市町村4 鳥取県西部(鳥取県西部地震)M7.3
  震源に近い阿新・真庭地方及び岡山市の軟弱地盤 地域を中心に被害が多かった。重傷5人、軽傷13人、住家全壊7棟、住家半壊31棟、住家一部破損943棟、その他水道被害、道路被害多し 
平.13.3.24(2001) 26市町村4 安芸灘(芸予地震)M6.7
  軽傷1人、住家一部破損18棟

以上の記録から分かる通り、地震災害が全くないということはありません。
昭和18年の鳥取地震や昭和21年の南海地震、平成12年の鳥取県西部地震などで被害が大きかったことが分かります。
平成7年の阪神淡路大震災では岡山市内でもかなり揺れました。私は1戸建ての2階で寝ていたのですが揺れで目が覚め、すぐに子供たちの部屋に駆けつけました。
幸い棚や物が倒れたり散乱したりということもなく、皆が無事でいて安心したものです。
その後、テレビで神戸の被害状況を見、まるで現実のものとは思えない甚大さに強烈なショックを受けました。
すぐ隣の県でこんな状況になっているなんて信じられない思いでした。

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岡山県の津波被害の記録


一方、津波の被害はあったのでしょうか。
これも調べてみますと以下のようになっています。
1707年(宝永4年10月4日)宝永地震(M=8.4)
  ○大地震,大風浪あり。(船穂町郷土史)
  ○大地震あり,民家潰れ,高潮起り,死人多し。(牛窓郷土史)
  ○大地震……略……また大風,潮水常より高きこと5尺と凶荒窮知すべきり。  (邑久郡史)
1854年(嘉永7年11月5日)安政大地震(M=8.4)
  ○劇震の際海嘯の徴あり,一昼夜に潮水の進退およそ20~30回にして,満潮の時,一時平水より7尺余を増し,これがため本村南岸字瀬溝海峡(虫明-長島)の如きは,およそ3尺余の土砂をもって填塞し,字扇浦に泥土2尺余を埋塞せり。……略……300余石積みの船舶を碇舶せしも今は漁船を入るるのみ。(邑久郡史の裳掛村記事)
1946年(昭和21年12月21日04時19分)南海道地震(M=8.0)
  県下の津波の余波は,最高潮が1メートル以下で被害はほとんどなかった。
  ○岡山測候所の面する旭川では,06時から10時まで2回,津波により相当の急流となって逆流したため小舟の運行は中止された。10時10分には津波の高さ0.4メートルを観測した。
  ○三蟠港では,当時変潮で引き潮,満ち潮が交互に起り,青土が潮と共に吹き上がり土手が作られたという。
  ○児島湾干拓地では,0.6メートルくらい増しやや経って引き,再び前より少ないが満ちてきた。

過去300年ほどの間に3回ほど津波被害があったようです。
昭和21年の南海地震の影響による津波以降はさほどの津波は観測されていません。
やはり瀬戸内海に守られているからでしょうか。
私自身、小さい頃から津波の被害などと言う言葉を聞いたことがありません。      

岡山県の災害についてのまとめ

 
「岡山県は災害が少ない」という世間の評価はどうやら正しいようです。
しかし、地震はちょっとの揺れでもやはり恐いものですし、いつかやってくると言われている南海トラフ地震では岡山でも相当の津波被害を受けると予想されています。
今や自然災害の恐怖は日本中どこにいても免れるものではないかもしれません。
日本は地震列島であり、災害列島なのですから。

ちなみに雨や雪の被害はどうなのでしょうか。
台風シーズンなどには豪雨の影響を受けることはあります。
河川の氾濫に伴い、家屋の床下・床上浸水の被害が発生したり田畑の崩壊など経済的損失を受けることもあります。
それは今の日本ではどこにでも起こりうることではないでしょうか。
如何に「晴れの国岡山」と言っても1年中晴れているわけではありません。

しかし、雪の被害に関しては少なくとも県南(岡山市、倉敷市、玉野市、瀬戸内市、備前市、笠岡市など)ではほとんどありません。
岡山市内などでは一冬に1cmの積雪があれば
「県都、○年ぶりの雪景色!」  
という見出しが地元山陽新聞の一面に踊ります。もちろん、駅周辺のカラー写真と共に。
岡山で1cmも雪が積もれば大ニュースなのです。
豪雪で苦しんでおられる地方の方には申し訳ないようなありがたさです。

雪の被害から逃れて移住したいとお考えの方には岡山は本当に良いところです。
この点だけは自信を持って言えます。

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