7月14日。
大雨災害から1週間が過ぎました。
この間、気象庁は今回の大雨災害を
「平成30年7月豪雨」
と命名したそうです。
まあ、その通りなんですけどね。
なんだか事実を羅列しただけのような気もしますが。
岡山県が7月14日11:00現在で発表したところによると人的被害は
死亡者:60人
行方不明者:6人
重傷者:5人
軽傷者:48人
となっています。
亡くなった方60人のうち身元が分かっている方は52人です。
残り8名の方はまだ身元が分からないということで、家族を探している方たちにとっても気が揉める日々でしょう。
全国ニュースでも何度も取り上げられている通り、倉敷市の真備町で多くの犠牲者が出ており、そのほとんどが70代以上の高齢者です。
やはり急激な増水に対して逃げ遅れた、若しくは逃げることが不可能だった感が否めません。
中には20代のお母さんと5歳の娘さんと思われる犠牲者もいて痛ましい限りです。
岡山県倉敷市真備町とは
真備町は2005年の8月、いわゆる平成の大合併で倉敷市に編入されました。
合併前は吉備郡真備町として独立した自治体でした。
私も何度も言ったことがありますが、旧真備町は岡山県南部、高梁川を挟んで倉敷市の西に位置し平坦な土地が広がる住みやすそうな町との印象を受けていました。
確かに、町の南に小田川が流れており、岡山三大河川のひとつである高梁川と小田川に二方を接した低地と言えます。
町(ちょう)とは言いながら、倉敷市や総社市のベッドタウンとして人口も急激に増え、大型のスーパーや自動車関係の店舗もたくさんあり発展著しいとの印象もありました。
ご想像通り町名は吉備真備(きびのまきび)に由来しています。
日本史で習った覚えがある方も多いと思いますが、吉備真備は奈良時代に遣唐使として唐に渡り、帰国後右大臣にまでなった秀才と言われています。
その名を冠した真備町が今回図らずも日本中の注目を集めています。
バックウォーター現象とは
前述しました通り、真備町は南側に小田川、東側に高梁川があり、小田川は町の南側で高梁川に合流しています。
小田川の水が高梁川に流れ込んでいる形です。
今回、大雨により急激に水量が増した両河川ですが、元々高梁川に比して小田川の流量が少ないため、本来高梁川に流れ込むべき小田川の水が高梁川からの逆流で押し戻されて行ったのです。
そして急激な増水に耐えきれなくなった小田川の堤防が決壊してしまいました。
浸水被害は4,200棟以上に及びます。
しかし、小田川堤防の決壊は今回が初めてではありません。
1972年にも川の氾濫により7,000戸以上が浸水被害を受けています。
国も県も無策なのでしょうか。
いや、そうではありません。
国は国土交通省中国地方整備局岡山河川事務所において、小田川の付け替え計画を進めている最中だったのです。
高梁川に合流する地点が問題であったため、今よりずっと下流側に合流地点を移動させ、バックウォーター現象が起きないよう、まさに工事を始めようとしていた矢先でした。
そのショックたるや相当なものであることは想像するに難くありません。
しかし、住民からするとなぜにもっと早くから計画を進めなかったのかとの思いも偽らざる心境としてあるでしょう。
自然災害は人間側の都合を待ってはくれません。
せめていち早く復旧に向けて始動したいものです。
7月14日、真備町にある大型スーパー「ディオ」が営業を再開したそうです。
浸水により売り場の商品が全滅、レジまで使用不能になり再開の目途は立っていないとの当初の見込みでしたが、なんと1週間での再開に漕ぎ着けました。
ディオを展開する大黒天物産㈱は岡山県倉敷市に本社を構えています。
地元の意地もあったのでしょう。
地域社会に対する貢献意欲の現れとも言えると思います。
とにかくその迅速な回復には頭が下がる思いです。
ディオ(大黒天物産)については以下のページでも記事を書いています。
岡山県民の買い物事情
今日の営業再開に際して、早速買い物に行っていた女性が
「ここがなかったら何も買い物できん。本当にはよう開けてくれてありがとう!」
と涙ながらにインタビューに答えていた姿が印象的でした。
それをテレビで見ていた私も思わず涙してしまいました。
ディオ、頑張れ!